【配信】河内国田原城について(飯盛山城の支城)桃源郷田原~野崎ちょうけいプラザWEB配信

市民講座「桃源郷田原」その16
「中世田原の城と寺」
鎌倉時代に修験道についてまとめた「諸山緑起」に生駒の山地にあった霊場のひとつとして「田原」の名前がみえます。仏教的施設としての「田原」がどこをさすのかをあからかにし、この寺院を中心に地域社会のあり方について考えます。
また戦国時代の田原の城を再検討し「田原対馬守」伝承とは異なる戦国時代の田原の姿を明らかにします。

2021/1/16(土) 14:00〜 グリーンホール田原
575-0014 大阪府四條畷市大字上田原1番地

お話

「戦国時代の田原の城」高橋計さん(城郭談話会)
「田原をめぐる中世の寺々」小林義孝(摂河泉地域文化研究所)
主催:田原の明日を拓く会・摂河泉地域文化研究所
後援:四條畷市、生駒市、飯盛城ちょうけいクラブ、生駒民俗会


内容

河内国田原城について 講師:高橋成計
西の飯盛山城から直線距離で4km足らずにある田原城は、大和方面からの敵に対する支城として、構 築された可能性がある。生駒山地の北東山麓にあるが、都市化の波が押しかけて、住宅地が隣接する。

また、城地が竹林のため、後世の土取りにより、破壊された部分があるとともに、曲輪の畑地化もあ り、城域の確定が困難となっている。このような田原城について考えてみたい。

田原城 「飯盛山城の支城」 ・所在地 四条畷市上田原八の坪 ・城主 田原氏 ・遺構 曲輪、堀切、土塁 ・規模 130m×100m ・標高/比高 180m/30m


グリーンホール田原