【歴史】筒井順慶のお墓参り

筒井順慶さんのお墓参りでございます。信長の野望では三好長慶でスタートするとイージーモードやけど筒井順慶で開始すると、他国の顔色を伺いながらの緊張感

明智光秀と親交があり、本能寺の変後、秀吉さんがまさかの超特急中国大返しで、これはどっちに味方にするか寝れんかったとおもいますが、山﨑の戦いでどっちにつくねんと考えた末に
『洞ヶ峠を決めこむ』
自分は親しみが持てます。

天敵の松永久秀さんは信貴山城に立てこもり名物茶器の平蜘蛛の茶釜とともに爆死しましたが、、、
筒井順慶さんは最終的に家宝の茶器を差し出し秀吉さんに許しを得たものの信用できない奴と恐らく秀吉のパワハラで35歳の若さで過労死したと妄想します。

そして野崎から車で40分程度で行ける近さなので本日のお墓参りとなりました。

案内板の写真画像が左右反対だったのが気になりました。
姫路ナンバーの方がお参りに来ておりました

筒井城跡は空き地で、生駒山が見えるのがワクワクしました。

近くを探索したらええ感じでした。

ちなみに筒井順慶の父は「元の木阿弥」ということわざを残しています。父は死の間際、木阿弥(もくあみ)という僧侶を影武者に仕立てて自分の死を秘するように言い渡したみたいです。

『洞ヶ峠を決めこむ』
「元の木阿弥」

2つの名言を遺した坊さん武将

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