野崎プロレスとは

野崎プロレスとは

自分たちが住む大東市は毎年1000人ペースで人口が減少しております。

織田信長以前の天下人、三好長慶が最後の居城とした飯盛城(飯盛山)、野崎観音がある東部地区は特に早いペースで人口減が進んでおります。

恐ろしい事に若者が出て行きます。

このままでは駄目だと、地元野崎参道商店街を中心にの空き店舗にインターネット放送局を開局したり、インターネットやソーシャルメディアを活用出来る世代を積極的に誘致し一時は空き店舗が0までなりました。

しかし、油断すると直ぐに空き店舗が出来ます。

そして、この街から人が流出する度に、本当に自分達は愛する地元でやって行けるのだろうか?

と言う不安に包まれます。

幸いな事に地元大東市には素晴らしい歴史文化財産がたくさんあります。

野崎観音、飯盛山、堂山古墳、御領水路、ふかきた緑地公園、高さ6m級の地車、、、

そして、近年では

大東市全体で市民レベルでなんとか、もう一度

この素晴らしい故郷を掘り起こし前に進んで行こうと

ロックの聖地にするプロジェクトDaitoRockCity

イルミネーションで結婚式を行う大東スマイルミネーションなど、

新しい試みが沢山 挑戦されています。

当時の野崎参道商店街理事長(野崎プロレス実行委員長)が結婚式の入場曲がグレート・ムタのテーマソングで

プロレスが大好きと言うだけ。

業界に何のコネクションも無いまま

地元でプロレスを開催出来る可能性を調べて行くうちに

お祭り好きで知られる、ゼウス選手と巡りあう事ができました。

「死ぬ気でやれば3ヶ月で開催出来る」

プロレスラーらしい無茶なエールを送られ

地元出身の吉野恵悟レフェリーも加わり実現出来る可能性が一気突き進み

 プロレスで地元地域を元気にするプロジェクトが2014年に始動されました。

開催時期は全てに感謝をする無縁経法要に参詣する江戸時代から続く伝統行事でもある。

「野崎まいり」期間中の5月1日から8日の間と言う事。

 

コンセプトは

ファーストプレイス=自宅

セカンドプレイス=会社、学校

サードプレイス=第三の場所(プロレス)

地元の方は勿論、観光客、老若男女問わず幅広い層に楽しんでいただけるよう。

自慢の故郷でオモテナシの心でプロレスを開催する。

野崎にゆかりがあり、野崎や自分達の故郷を愛していただけるプロレスラーが「野崎」に集結し、リングの上で鍛え上げられた肉体で野崎(故郷)愛を表現するレスラーの姿をご覧いただき、地域が、大阪が、日本が、皆様の故郷がワッショイ元気になっていただければと思っております。

そして、少なくともこれからの時代は、人や地域をハッピーにしたいと考える企業、団体、個人が最後に笑えると考えております。

少なくとも弱者を踏み台にして自分達の利益だけを追求する企業や人達が躍進するような時代にならない希望を込めて

「野崎プロレス」開催します。

合言葉は 野崎プロレス ワッショイ・ワッショイ!

五月の野崎まいりには 是非、愛する野崎にお集まり下さい。

感動をお約束致します。

このプロジェクトに賛同して頂ける。

皆様にお会い出来ることを楽しみにしております。

 ※ 第2回野崎プロレスで募った ネパール震災基金は¥115,353となりました。 

MBS VOICEに取り上げられました。

野崎プロレスの愛ある協賛もお待ちしております。