山田研究所前にある読売センターYC野崎が今月を持って閉店となりました。

色々と母親の代から継承されて来た新聞販売店なんで思い入れは沢山あるんですが 不思議と自分の中では肩の荷が下りた感覚でもあり、これで本当に新聞業界から卒業出来たような感じでもあります。

今から5年前に自分が読売新聞から卒業させて頂いた時はメーカーの縛りも無くなるので何でも出来そうな気もしてましたが、99%以上は読売新聞の傘の下だから信用もあり、山田しゅうじ自身にビジネスが舞い込んで来るほど 世の中は甘くない事を痛いほど気づかさられました。

それも踏まえて「山田研究所」と言う新聞屋のチラシ的なネーミングセンスは最高やと思ってますが、先日の台風で看板が落ちて飛んで行きました。

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とは言え年収数千万新聞プレーヤーが数十万研究所プレーヤーになり、そのくせ金にならないプロレスとか地域の事とかやって それなりに忙しく何度も何度も嫁子供と喧嘩もしたし口も聞いてくれない時期もありました。

何度かITを強化したいので新聞屋さんに来ないかと言う有難いお誘いもあったんですが、常日頃考えて居たのは生まれ育った野崎商店街で楽しく居続けるにはどーすれば良いのかでした。

魅力的な職業のひとつに「市議会議員」やるやる詐欺的で気楽そうな人も居るし年収もそこそ良さそうなのでピッタリな職業じゃんと。実際に選挙に挑戦したけど、選挙期間になるとあの方々はムチャ仕事するんですよ。やるやる詐欺じゃ無くてホントに掃除とかするし、商店街にドヤ顔で地域を元気にしますとか断言しちゃうし。。。自分にはそんなに強いハートと執着心が無いと悟りましたので市民のガス抜き政治家のパロディを含め健康診断的に選挙に参加出来ればと考えております。

とか毎日色々と考えているうちに 結果的に地域密着型をうたう読売新聞さんより まさかの山田研究所が撤退もせず地域密着型で生かされており生きておりますし、プロレスも来年6年目を迎える事になります。ただただラッキーなだけなんですが、野崎に読売新聞の販売店が無くなっても 読売新聞や両親の意志を継ぐモノして今後も出来る範囲で地域貢献していきたいと考えております。やはりここまで大きく育てて頂いた新聞業界は好きですし。

ただメーカーも正直にスマホの普及に反比例し購読者が激減して採算が取れないエリアは統廃合しましたと書けないメーカーのプライドの高さが販売店や業界を苦しめるんだと思います。メーカーもちゃんと地域に必要とされる適正部数を算出管理しITと融合すれば全然食べて行け地域に貢献出来る素晴らしい仕事なんだと思うんだけどな。

読売新聞YC野崎 お疲れ様! 色々な思い出ありがとうございました😊