野崎まいりが終わりました。

祭りの後のいつもの 人通りの少ない安定した野崎参道商店街。

それでもまた新しく野崎参道商店街&界隈に店が増えます。今から10年前に自分は理事役員になり、また世代交代の波が来ているなぁ〜と言う動物的直感でもあります。

自分の経歴と人格はともかく、そこそこ一般人を騙せる肩書きが付いて来ましたので、その力を正しく活用してボチボチ新しい商店街のカタチを創りださないと行けないかと思う今日この頃。

そもそも助成金など商店街振興組合は個々では受け難いし窓口が多いと行政も困るので代表を設けて受けやすくするための組織集合体であったりします。

350メートルある薄暗かった野崎参道商店街に数千万円もする街路灯を設置するには商店街が瞬間的にも一致団結して振興組合組織にしたのが野崎参道商店街振興組合の出発でもあります。

金額が金額だけに理事役員は美味しい思いをしていると誤解されやすい立場でもあり反論するのも馬鹿らしい事が山ほどありますが、

よく誤解されるのでですが 理事役員は役員報酬など一円も頂いていませんので、ぶっちゃけ 会員が増えようが減ろうが 困らないですので たまに自分に商店街辞めるぞと言う駆け引きされても ご自身の商売道に照らし合わせて ご判断くださいとしか言いようが無いのですね。そう言う意味では自分のスタンスは野崎プロレスの協賛と同じですね。それがエエのか悪いのかわからないけど。

ただ、狭い地域ですので ほって置くのも良くないので、日々くだらない活動を面白おかしく記録としてSNS発信を心掛けております。トータル的にみて コイツは馬鹿やけど やろうとしてる事はなんとなく理解できると少しでも伝われば 嬉しです。

本日 大学の先生とのお話の中で 将来的に今の現状の商店街振興組合での運営では時代的にも限界があり、地域、地元、商店街と言う空間に貢献したい人が誰でも集う集合体になるのでは無いかと言う話で盛り上がりました。正直自分もそう感じております。

例えば 今年 3000人を動員した野崎プロレスは商店街のお金は一円も使用して居ませんし、商店街主催なら あれ程のスポンサーやお客様は来なかったと 何より自由が利かなかったと自分は思っております。

いやいやそれは違うと言う意見がありましたら 是非 挑戦して下さい。参考にさせて頂きます。

自分の両親は滋賀県高月町、木之本町から色々な縁あって野崎商店街で新聞屋をはじめ 地域の皆様に助けられて 生まれ育った店舗に今も自分が居座っているわけですが、自分は家賃を払い続ける小作人なので大家さんから出て行けと言われれば 出ていかないとダメな立場なのでもあります。

もし 自分がやむ得ない事情で野崎参道商店街から出たとしても 生まれ育った野崎参道商店街に 今みたいな金銭、時間、労力を笑顔で投資できるかな?

今 できる事を少しでも前に進めるしかないなぁ。

笑顔で投資したい 商店街を目指したいですな。